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『ラピスラズリ』 著:山尾悠子 〜 冬に読みたいおススメの幻想小説〜

こんにちは!なかむらむつらです。

私がここ10年ほどで読んだ小説の中で、最も心奪われたといっても言い過ぎではない小説を紹介させてください。

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ラピスラズリ (ちくま文庫)

著:山尾悠子

幻の作家と呼ばれた著者の山尾悠子さん

作者の山尾悠子さんは、幻想文学作家で、歌人でもあります。

独特の文体で、幻想的で詩的な唯一無二の世界を執筆しておられます。

初期の活動が短く、1985年以降作品の発表がなかったことからも、長い間カリスマ性を持って、幻の作家、伝説の作家と呼ばれていたそうです。

私が初めて山尾悠子さんを知ったのは、この『ラピスラズリ』がきっかけです。

長い休筆期間を経て、1999年に執筆を再開してから2003年に発表された作品で、作者のご自身のあとがきにも、その思い入れを綴られていました。

私がこの文庫を手に取ったきっかけは、魅惑的な表紙と「ラピスラズリ」というタイトルです。

この表紙を目にしたら、幻想小説が好きな方は、びびっとくるものがあるのではないでしょうか。

 『ラピスラズリ』を構成する物語

中には五篇の短編が収録されています。

一篇目の「銅板」でのエピソードから広がって、二篇目の「閑日」と三篇目の「竈の秋」が同じ世界を舞台にしてはいるのですが、それぞれが一つの世界を構築しています。

この三篇は、真冬の寒い季節を舞台にしていて、中世ヨーロッパの洋館、貴族と召使い、ゴースト、天使、人形、疫病、退廃、眠り、単語を目にするだけでもこの世ならぬ世界に引き込まれる期待が膨らみま

特に、二篇と三篇は共通する舞台で登場人物も重なり、崩壊していく世界を眺めながら、答え合わせをしていくように、読み進めていました。

それが、四篇目の「トビアスでは、現代の未来を思わせる世界へ飛びます。ここで、答え合わせのようなものは、意味を成さないことを知りました。

そこから最後の「青金石」では、西暦1226年が舞台となり、主人公はフランシスコ会を創始したアッシジ聖フランシスコ

ここで『ラピスラズリ』というタイトルにつながるわけですが、初めてこれら五篇を読み終えた後は、しばらく、物語の世界から出て来られなくなりました。

私にとって、この物語たちは、思い出すたびずっと、本当に知っている景色のように、フラッシュバックのように、場面場面が浮かびます。

 眠りと目覚め

季節は巡ります。

命は循環します。

再生するためには一度終わらせないといけない。死なないといけない。

死に一番近い行為は眠りです。

この物語は、再生するために眠る人たちの物語で、同時に冬から春へと季節が変わるときの物語でした。

幸せな気持ちで眠りについて暖かい春を待つ人。

眠りに抗い、厳しくとも起きていて冬を体験したいと願う人。

眠りの途中で目覚めてしまう恐怖、逆に目覚められないかもしれない恐怖に怯える人。

この感覚、どれもわかります。

眠りに身を委ねてしまうことへの甘美さと恐ろしさは、本能に刻まれている気がします。

物語の最後には、「青金石 ラピスラズリ」の青が溢れます。

「春」の訪れの鮮烈さ、強烈な美しさを甘受するためには、誰もが冷たく暗い「冬」を過ごすのです。

そこには、あらゆる物語が生まれ蠢いているのですね。

タロットカード『死神』

この物語を読んでいて、ふと浮かぶのは、タロットカードの1枚『死神』のカードです。

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『死神』のカードが示すのは

・死と再生

・物事の終わり

・変化

・変わらざるを得ない出来事

立派な馬に乗った骸骨の騎士がやってきます。

それを、両手を差し出し迎えているように見える、豪華な衣装を身にまとった位の高そうな司祭がいます。

他に、既に地面に倒れている男性、身をゆだねるように膝をついて目を閉じる少女、不思議そうに見つめる小さな子ども。

恐ろしい異形の物の登場の場面ですが、混乱や恐怖の影は濃くありません。

白いドレスの少女はあきらめているようにも見えるし、司祭は待ちかねていたようにも見えます。

死は誰にも平等に訪れます。

恐ろしい骸骨の騎士と対峙している人々の向こう側には、まばゆい朝日が昇ろうとしています。

「終わり」がもたらす「光」が必ずあるということ。

『死神』のカードは怖いものではなく、必要な変化を受け入れることの大切さを教えてくれます。

終ることは絶望ではないのです。

 

ラピスラズリ』私にとっては、冬になると、懐かしい場所に帰るように読みたくなる作品です。

めったにありませんが、窓の外を吹雪が舞飛ぶようなことがあると、この物語に登場する「冬眠者」たちに想いを馳せてしまいます。

ぜひ、春が来る前に、眠り目覚めるものたちの世界に身を浸してみてください。